荏柄天神社|学問の神様・菅原道真公を祀る鎌倉最古の神社を訪れて

鎌倉の荏柄天神社の本殿(学問の神様を祀る神社) 鎌倉散策・ウォーキング

荏柄天神社の由来

荏柄天神社の主祭神は菅原道真公で、鎌倉で最も古い神社とされています。

京都の北野天満宮、福岡の太宰府天満宮と並び、日本三大天神のひとつにも数えられています。

鎌倉駅からまっすぐ歩けば約35分位です

途中、妙隆寺や宝戒寺、源頼朝の墓などに立ち寄れば1時間ほどかかりますが、ほぼ真っすぐ歩く道で、ところどころに案内の看板が出ているのでわかりやすいです。

荏柄天神社の境内にある御神木(鎌倉)

境内の御神木

特に、源頼朝の墓からは徒歩5分位です。

こちらも少し長い階段を登ります。

荏柄天神社へ続く階段と参道(鎌倉)

参道の階段

 

荏柄天神社の本殿(鎌倉の学問の神様)

荏柄天神社の本殿

荏柄天神社の由緒が書かれた案内板(鎌倉)

荏柄天神社の案内板

菅原道真公とはどんな人物?

菅原道真といえば、学問の神様として全国的に知られていますよね。

実は私の実家(富山県)でも、お正月になると母が床の間に天神様の掛け軸を飾り、お餅などをお供えしていました。

小さい頃は意味が分からなくて、この人誰?って感じだったのですが、そのうち、小学校に入った頃でしょうか、「この天神様は菅原道真公で、勉強の神様なんだよ」と教えてもらったのを覚えています。


天才と呼ばれたその才能

菅原道真公は、いわゆる“天才”と呼ばれるほどの人物でした。

学者の家系に生まれ、幼い頃からその才能を発揮し、11歳で漢詩を詠み、26歳で最難関の試験に合格したと言われています。

その実力が認められ、ついには右大臣という高い地位にまで上り詰めました。

大宰府への左遷とその後

しかし、そのあまりの優秀さゆえに周囲の嫉妬を受け、左大臣一派の策略によって九州の大宰府へと左遷されてしまいます。

その後、元々丈夫な体質ではなかったらしく、都へ戻ることは叶わず、その地で生涯を終えました。

その後、都では災害や不思議な出来事が相次ぎ、これが道真公の無念によるものではないかと恐れられ、「天神様」として祀られるようになったと言われています。

学問の神様としての信仰

やがて時代とともに、学問を志す人や努力する人を助ける神様として広く信仰されるようになりました。

受験や資格試験などで頑張っている方にとっては、今でも特別な存在ですよね。

ちょうど私が訪れた時に、親子連れかと思われる二人連れがお祈りしている姿がありました。

受験合格を祈願していたのでしょうかね・・・😊

梅ヶ枝餅のエピソード

ちなみに、九州の大宰府には「梅ヶ枝餅(うめがえもち)」という名物があります。

これは、道真公のもとに通っていた老婆が、梅の枝にお餅を刺して差し出していたという伝説に由来しており、道真公も好んで食べていたと伝えられています。

まとめ|努力する人の背中を押してくれる場所

学問の神様として知られる菅原道真公。

私にとって印象的だったのは、菅原道真公が、足利・北条・豊臣・徳川といった時代を超えて、多くの人々に守られ、信仰され続けてきたということです。

そして、なによりも学問の神様というだけでなく、「正直に生きる人」や「努力を重ねる人」を助ける存在として信じられてきたことに、どこか嬉しさを感じました。

学問だけではなく、日々頑張っている人すべてを見守ってくれているような、そんな温かさを感じます。

受験や資格試験はもちろん、仕事や日常の中で努力している方にとっても、そっと背中を押してくれる場所なのではないでしょうか。

鎌倉を訪れる機会があれば、ぜひ一度足を運んでみてください。

荏柄天神社の詳細については、公式情報も参考になります。

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