この記事は8年前に訪れた際の体験をもとにしています。
現在の施設情報は公式サイトなどで確認しながら記載しています。
今回の旅は、主人の希望を優先した旅で、観光地をたくさん楽しむというより、新しく買い替えた車で瀬戸大橋や鳴門大橋を走ることが一番の目的でした。
主人は司馬遼太郎の「坂の上の雲」が好きなので、松山では坂の上の雲ミュージアムへ。
私は歴史ある「道後温泉」を訪れるのを楽しみにしていました。
とにかく車を走らせることが目的でもあったので、帰りは神戸経由で、京都の三十三間堂と東寺を見て帰宅したのですが、京都に関しては、奈良に訪れた時も立ち寄っているので、その辺はまた次回に書きたいと思います。

瀬戸大橋を渡って、いよいよ四国へ
岡山県と香川県を結ぶ瀬戸大橋は、瀬戸内海に浮かぶ島々をつなぐ橋の総称で、全長は約13kmあります。
実際に走ってみると、写真で見るよりもはるかにスケールが大きく、橋が次々と現れる景色に思わず見入ってしまいました。
私は助手席だったので、瀬戸内海に浮かぶ大小さまざまな島々を眺めながら、「こんな景色の中を走れるなんて」と感動したのを今でも覚えています。
主人は運転に集中していましたが、私にとってはこの橋を渡る時間そのものが旅の始まりでした。

岡山から四国へ。瀬戸大橋を走りながら眺めた雄大な景色に旅の始まりを感じました。

橋を渡るたびに景色が変わり、瀬戸内海を走る爽快なドライブを楽しめました。
坂の上の雲ミュージアム
松山市にある「坂の上の雲ミュージアム」は、司馬遼太郎の長編小説『坂の上の雲』をテーマにした施設です。
小説は、松山出身の俳人・正岡子規と、秋山好古・秋山真之兄弟という実在の人物を主人公に、明治という時代を描いた作品として知られています。
館内では、三人の生い立ちや交流、当時の暮らし、実際に使われていた資料などが展示されていて、明治時代の日本がどのように近代国家へ歩み始めたのかを知ることができました。
展示を見ながら、単に歴史を学ぶというより、「この人たちはこんな時代を生きていたんだな」と、その時代の空気を感じられるミュージアムだと感じました。

司馬遼太郎の小説『坂の上の雲』をテーマにしたミュージアムへ。

ンクリートとガラスが印象的な建物は、建築家・安藤忠雄氏が設計しています。
日本最古ともいわれる道後温泉
今回、私が一番楽しみにしていたのが道後温泉でした。
道後温泉は約3,000年の歴史を持つ日本最古の温泉の一つといわれ、『日本書紀』にも登場するほど古くから親しまれてきた温泉です。
聖徳太子や歴代の皇族も訪れたという言い伝えが残されていて、昔から病気やけがを癒やす「湯治場」として多くの人に愛されてきました。
実際に建物を目の前にすると、その長い歴史を静かに見守ってきた風格があり、「昔の人もこの温泉に浸かったのかな」と思いながら入浴した時間は、とても印象に残っています。

約3,000年の歴史を持つ日本最古の温泉の一つとされる道後温泉本館。
📝 ちょっと寄り道・世界の歴史🗺️
ところで、道後温泉は日本最古級の温泉として知られ、飛鳥時代には聖徳太子や皇族も訪れたという伝説が残っています。
では、その6世紀末から7世紀初め頃、世界ではどのような出来事があったのでしょうか。
🌍 同じ頃の世界では…
- 🇨🇳中国 589年、中国では隋が中国を統一。 約300年続いた分裂の時代が終わり、新しい統一国家が誕生しました。
- 🇮🇹イタリア 北イタリアではランゴバルド王国が栄え、 中世ヨーロッパの歴史が動き始めていました。
- 🌏 東西を結ぶシルクロードでは、人や文化、技術の交流が盛んに行われていました。
道後温泉は約3,000年の歴史を持つ日本最古級の温泉として知られていて、そして飛鳥時代には、聖徳太子や皇族も訪れたという伝説が残っています。
こうして世界の出来事と比べてみると、日本最古級の温泉・道後温泉には、約1,400年以上前から人々が癒やしを求めて訪れていたことが、より身近に感じられます。
坊っちゃん列車
道後温泉駅では、かわいらしい坊っちゃん列車を見ることができました。
この列車の名前は、夏目漱石の小説『坊っちゃん』にちなんで付けられています。
夏目漱石は松山中学校(現在の愛媛県立松山東高校)の教師として約1年間松山で暮らし、その経験が『坊っちゃん』を書くきっかけになったといわれています。
実際の坊っちゃん列車は、明治時代に松山市内を走っていた蒸気機関車を復元した観光列車です。
『坊っちゃん』の世界を思い浮かべながら眺めていると、どこか懐かしい雰囲気が感じられました。

夏目漱石『坊っちゃん』ゆかりの地を象徴する坊っちゃん列車。

レトロな雰囲気が残る道後温泉駅。旅情を感じる駅舎です。

刻になると『坊っちゃん』の登場人物たちが現れる人気スポットです。

コメント